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第9章 そこにいるもの

数日後、侍女が一人の使用人を連れてきた。

「ここ数日、お疲れのご様子でしたので、何かお役に立てることがあればと、下の者を控えさせております」

若い男は背筋を伸ばし、静かに目を伏せていた。無駄のない立ち方だった。エルジェベータはその姿を見て、胸の奥で何かが鳴るのを感じた。

(近い…)

「そこに立って」彼女が部屋の中央を指すと、男は従う。エルジェベータは机から自作のロバの被り物を取り、差し出した。「これを」男は一瞬だけ戸惑うが、侍女が静かに下がると、何も言わずに被った。 布が顔を覆い、ロバの輪郭がそこに現れる。 その瞬間、エルジェベータの呼吸が止まった。

「……ドンキィちゃん」名前がこぼれる。少しの間を置いて、男が「こんばんは、お嬢様」と返した。布越しの声は少しくぐもっていたが、彼女には十分だった。返ってきた。触れると温度があり、手を引けば動き、呼べばこちらを見る。ぬいぐるみにはなかったものが、すべてそこにあった。

その日から、エルジェベータは彼を“ドンキィちゃん”として扱った。夜になると被り物を被せ、手を取り、部屋の中を歩く。夢の話もした。

「覚えているでしょう? ワルツの時、あなたはこうしたのよ」

使用人は丁寧に合わせた。完全ではない。それでも彼女は気づかなかった。嬉しさのあまり、細かな違いなどどうでもよかった。

何日か、幸福な時間が続いた。エルジェベータはよく話し、よく笑った。現実の部屋に、初めて夢が戻ったようだった。だがある日、彼女が「おいで」と呼ぶと、使用人は深く一礼して「失礼いたします」と言ってから歩き出した。その所作は、使用人としては完璧だった。 けれど、ドンキィちゃんはそんなふうに来ない。 許可を取らず、礼もしない。 ただ、自然にそこへ来る。

その瞬間、エルジェベータの中で何かが冷えた。さっきまで“いた”ものが、急にただの人間に見える。

「……違うわ」

彼女は静かに言った。