夜が来ると、エルジェベータは急ぐように部屋へ戻った。昨日の夢の終わり方を思い出すたび、胸の奥がざわつく。だが、眠ればまた行けるはずだった。 これまでもそうだったのだから。彼女は灯りを落とし、ベッドに横たわり、目を閉じる。 名前を思い浮かべる。
「ドンキィちゃん」
何も起きない。音が来ない。光も広がらない。エルジェベータは目を閉じたまま、呼吸を整えた。昨日は夢の中で音がずれていた。ならば、今度は正しく思い出せばいい。ポルカの軽さ、ワルツの流れ、フォックストロットの歩み、メヌエットの間。順番に思い浮かべる。だが、どの音も頭の中に形だけ残り、鳴らなかった。
彼女は一度目を開ける。天井がある。現実の部屋だ。
「……違う」
小さく呟き、もう一度目を閉じる。今度は大広間を思い出す。光の角度、床の反射、動物の顔をした人々、そしてドンキィちゃんの立つ位置。すべて覚えている。覚えているのに、そこへ沈んでいく感覚が来ない。
焦りが強くなるほど、眠りは遠ざかっていった。彼女は何度も名前を呼び、何度も呼吸を整え、何度も同じ手順をなぞった。けれど、待っているのは暗闇だけだった。やがて窓の外が白み始める。朝が来てしまう。エルジェベータは眠っていなかった。 ただ、一晩中横たわり、行けない場所を思い続けていただけだった。
侍女が部屋に入り、「昨夜はお休みになられましたか」と尋ねる。 エルジェベータは一拍遅れて「……ええ」と答えた。嘘だった。 その日、彼女の動きはどこか遅れた。 カップを取る手も、呼ばれて振り向く顔も、ほんの少し間に合っていない。 けれど頭の中では、夜になれば次こそ行けるという考えだけが回っていた。
しかし、その夜も夢は訪れなかった。次の夜も、その次の夜も。呼ぶ。思い出す。沈もうとする。何も起きない。夢に行くために眠ろうとすればするほど、眠りそのものが遠のいていく。 エルジェベータはようやく気づき始める。自分はもう、眠るために眠っていない。ドンキィちゃんに会うためだけに、眠ろうとしているのだと。