その夜、夢は最初から少しずれていた。 エルジェベータが広間に立つと、音楽は流れているのに、足元へ届く拍が遅れている。ポルカでもワルツでもない曖昧な旋律が、遠くと近くを行き来していた。 ドンキィちゃんはいつものように手を差し出すが、触れた瞬間の冷たさが、いつもより長く残った。
踊り始めると、さらに違いがはっきりする。一歩踏み出すたび、音が半拍遅れて追いかけてくる。エルジェベータが振り返ると、広間にいた動物の顔をした人々が、いつの間にか少なくなっていた。 さっきまで鹿の婦人がいた場所には誰もおらず、鳥の楽団の椅子も空いている。音だけが鳴っているのに、奏でる者の姿が見えない。
「ねえ、今日は変よ」
エルジェベータはドンキィちゃんの手を強く握った。 彼は穏やかに彼女を見ている。恐れている様子も、驚いている様子もない。ただ、いつもより少しだけ静かだった。広間の光がひとつずつ消え、残っていた動物たちも、音を立てずに薄れていく。 ついには、広い空間にエルジェベータとドンキィちゃんだけが残った。
「……みんなは?」
彼女が尋ねると、ドンキィちゃんは少しだけ頭を下げた。
「もう、お時間のようです」
その声には、これまでになかった響きがあった。終わりを告げるためだけの声。 エルジェベータの胸が冷える。
「また来られるでしょう?」
と聞いても、彼は答えない。 ただ静かにこちらを見ている。
「待って」
彼女は手を伸ばす。 けれど、その手は確かに触れていたはずなのに、少しずつ感触を失っていく。音が消える。光が消える。ドンキィちゃんの輪郭も淡くなる。
「待って、まだ――」
叫びかけた瞬間、エルジェベータはベッドの上で目を覚ました。
息が荒かった。手は空を掴むように伸びている。部屋はいつも通り整っていたが、彼女の中だけが大きく乱れていた。その日、エルジェベータは落ち着かなかった。 紅茶の味も分からず、刺繍の針は何度も止まる。 夜になればまた会えるはずだと自分に言い聞かせたが、胸の奥には、ドンキィちゃんの「もう、お時間のようです」という声が残り続けていた。