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第3章 ほどけていく夜

その日から、エルジェベータは夜を待つようになった。昼の時間は変わらない。刺繍も作法も社交の挨拶も、これまで通り滞りなく進む。それでも彼女の意識は、ふとした瞬間に夜へ向かっていた。針を持つ手が止まり、侍女に呼ばれて初めて我に返る。胸の奥では、あの光と音が静かに残り続けていた。

次に夢へ入ったとき、広間は前よりも落ち着いた光を帯びていた。流れていたのはワルツだった。ポルカのような軽さではなく、ゆるやかに重なり合う音。 ドンキィちゃんは当然のようにそこにいて、「こんばんは、お嬢様」と手を差し出す。エルジェベータはその前に一歩近づき、自分から手を取った。

ワルツは、彼女の知っている舞踏とは違っていた。現実では視線や作法を気にしてばかりだったが、ここではただ音に身を預ければいい。ドレスの裾は光を含んで淡く揺れ、足元の床には星のような粒が散る。踊っているうちに、広間の天井は夜空のように高くなり、シャンデリアは本物の星座のように瞬いた。

「……きれい」思わずそう口にすると、ドンキィちゃんは何も言わず歩幅を合わせた。それが心地よかった。言葉で褒められるより、ずっと自然に受け止められている気がした。 「どうして、私を見てくれるの?」エルジェベータが尋ねると、彼は少し間を置いて「あなたが、ここにいらっしゃるからです」と答えた。

それだけ。けれど、彼女にはそれで十分だった。ここでは家名も財産も、整えられた髪も必要ない。ただ自分がここにいるだけで、見てもらえる。ワルツが続く間、エルジェベータは何度も笑った。 踊るだけでなく、光る床を踏むたびに小さな花が咲くことにも、指先に触れた音が銀色の粒になって落ちることにも、心から驚き、楽しんだ。

目覚めたあと、部屋の静けさは少し物足りなく感じられた。けれど彼女は落胆しなかった。また夜が来ればいい。そう思えることが、すでに彼女の救いになっていた。