部屋は整っていた。机、椅子、カーテン、ベッドのそばに置かれたぬいぐるみ。すべてが元の位置に戻されている。けれど、以前とは違っていた。人の気配は消え、屋敷はどこか息を潜めているようだった。エルジェベータは静かに部屋へ入り、ぬいぐるみを手に取る。軽い。変わらない。目は何も映していない。
彼女はそれを元の場所へ戻し、何もない空間を見つめた。かつてそこには、彼女が作ろうとしたドンキィちゃんがいた。立たせ、動かし、声を返させようとしたものたちがいた。けれど、もう分かっている。あれは作れるものではない。揃えればいいものでも、直せばいいものでもない。あの場所でしか、あの形でしか、存在しない。
「……それでも、会いたいのね」
エルジェベータは自分に言うように呟いた。 その声には怒りも焦りもなかった。 ただ、消えない願いだけが残っていた。 彼女は靴を脱ぎ、ドレスの裾を整え、ベッドに横たわる。もう名前は呼ばない。順番もなぞらない。音も、光も、無理に思い出さない。
ただ、目を閉じる。深く息を吐く。夢に行くために眠ろうとするのではなく、何も持たずに沈んでいく。体の力が抜け、指先の感覚が遠のいていく。最後に残ったのは、たったひとつの願いだった。
(会いたい)
どれほど時間が過ぎたのかは分からない。扉が開き、侍女が入ってくる。その足音は控えめで、慣れていない者特有のわずかな迷いを含んでいた。
「お嬢様」
返事はない。 彼女は、ほんの一瞬だけ部屋の様子を見回す。 この部屋に入るようになって、まだ日が浅い者のように。もう一度呼んでも、エルジェベータは静かに横たわったままだった。呼吸はある。穏やかで、深い。まるで何かに包まれているように、彼女の顔は安らかだった。
侍女はしばらくその姿を見つめ、やがてゆっくりと一礼する。
「……おやすみなさいませ」
部屋には静けさだけが残った。 ぬいぐるみは同じ場所に置かれている。 何も変わらない。 ただ、ベッドの上のエルジェベータだけが、もう二度と目覚めることはなかった。