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第1章 はじめての夜

エルジェベータ・イェヴァンは、伯爵家の一人娘だった。高い天井、磨き上げられた床、寸分の狂いもなく並べられた家具。屋敷のすべては美しく整っていたが、その中で彼女はいつも息苦しさを覚えていた。朝は決まった時間に起こされ、侍女の手で髪を梳かれ、もみあげから伸びた髪は太い縦ロールへと巻かれる。美しく崩れないその形は、彼女にはどこか作り物めいて見えた。

昼は刺繍や語学、音楽、作法の時間だった。どれも正しくできることを求められ、少しでもずれれば「もう一度」と声がかかる。夜になれば社交界に出され、男たちは彼女の美しさを褒めながら、その目で家名や財産を値踏みしていた。 誰もエルジェベータ自身を見てはいない。 彼女は微笑みながら、心の奥で何度も思う。

(退屈だわ…)

その夜、部屋に戻ったエルジェベータは、いつもより深く疲れていた。ドレスを脱ぎ、縦ロールをほどくと、ようやく少しだけ自分に戻れた気がした。それでも満たされるものはない。

「……つまらない」

小さくこぼれた声は、暗い部屋に吸い込まれた。

蝋燭の火が消え、彼女は目を閉じる。今日も何もない夜が続くはずだった。 だが、遠くから軽やかな旋律が聞こえてくる。 ポルカのように弾む音。 目を開けると、そこには見慣れた天井ではなく、光に満ちた大広間が広がっていた。床は淡く輝き、シャンデリアの光は空気に溶けて揺れている。 そして、踊る人々の顔は、鹿や狐や鳥のような動物だった。 エルジェベータは息を止める。 そこは恐ろしい場所ではなかった。 むしろ、初めて見るほど美しい世界だった。